阿蘇地方のカテゴリ
水の生まれる里 白川水源
白川水源
環境庁選定の「日本名水100選」にも選ばれた白川水源は
透明度が高く毎分60トンもの水が地底の砂を吹き上げながら
湧き出ている様子を見れる場所です。
吹き上がる砂と水の様子を眺めていると
癒される空間に迷い込んだ不思議な気持ちになる場所です。

澄み切って美しい名水を汲みに集まる人や
名水を使った土産物や美味しい水団子などを求める人で
何度おとずれても混雑しています。

白川水源の名水(ミネラルウォーター)の販売や
和紙の紙すき体験や購入などの場もあります。
阿蘇神社
阿蘇神社(あそじんじゃ)は
熊本県阿蘇市一の宮町にある神社である。
式内社(名神大)、肥後国一宮で、旧社格は官幣大社。
日本全国に約450社ある「阿蘇神社」の総本社である。
大楼門は「日本三大楼門」に数えられる。
現地には「阿蘓神社」と書かれた銘板も存在している。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
祭神
神武天皇の孫の健磐龍命(一宮)、
その妃神で土地の神の阿蘇都比咩命(二宮)をはじめとして
以下の12柱の神を祀り、「阿蘇十二明神」と総称する。
一の神殿(左手)
一宮 -- 健磐龍命
三宮 -- 國龍神(二宮の父)
五宮 -- 彦御子神(一宮の孫)
七宮 -- 新彦神(三宮の子)
九宮 -- 若彦神(七宮の子)
二の神殿(右手)
二宮 -- 阿蘇都比咩命(一宮の妃)
四宮 -- 比咩御子神(三宮の妃)
六宮 -- 若比咩神(五宮の妃)
八宮 -- 新比咩神(三宮の子)
十宮 -- 彌比咩神(七宮の妃)
諸神殿(最奥)
十一宮 -- 國造速瓶玉神(一宮の子)
十二宮 -- 金凝神(一宮の叔父)
全国式内社御祭神3132座
[編集] 歴史
孝霊天皇9年6月、健磐龍命の子で、初代阿蘇国造に任じられた国造速瓶玉命(阿蘇都比古命)が、両親を祀ったのに始まると伝えられる。阿蘇神社大宮司を世襲しこの地方の一大勢力となっていた阿蘇氏は、速瓶玉命の子孫と称している。延喜式神名帳には、一宮が「肥後國阿蘇郡 健磐龍命神社」と記載され名神大社に列し、二宮が「肥後國阿蘇郡 阿蘇比咩神社」と記載され小社に列している。
肥後国一宮とされて崇敬を受け、広大な社領を有していたが、豊臣秀吉の九州征伐の際に社領を没収された。その後、改めて天正15年に300町の社地が寄進され、さらに、領主となった加藤清正、肥後藩主として入国した細川氏によって社領の寄進、社殿の造修が行われた。明治4年に国幣中社に列し、明治23年に官幣中社、大正3年に官幣大社に昇格した。
内牧温泉
阿蘇内牧温泉(あそうちのまきおんせん)は、
熊本県阿蘇市(旧国肥後国)にある温泉。
阿蘇温泉郷の一つ。阿蘇山の麓に位置する。同温泉郷最大。
内牧温泉は同温泉郷の中では桁違いに宿泊施設の数が多いが、非常に広範な範囲に亘って分散しているため、温泉街を形成していない。ロケーションは阿蘇外輪山のハイライトである大観峰から南下したカルデラ内で、田園地帯が広がっている。この田園地帯の中に約80の源泉と30近い宿泊施設が散らばっている。施設は様々で、文豪が愛した和風旅館から大型スパリゾートホテル、家族旅行向けの中小旅館から民宿まであらゆるニーズに対応している。
共同浴場も11軒と非常に多く、地元の人たちも盛んに利用している。
文学の街としても知られ、夏目漱石、与謝野夫妻などの文学碑がある。
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阿蘇 大観峰
大観峰
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大観峰(だいかんぼう)は、熊本県阿蘇市にある山。標高は935.9m。阿蘇北外輪山の最高峰であり、カルデラ盆地の阿蘇谷や阿蘇五岳をはじめ、くじゅう連山を一望することができる。
「大観峰」の名は熊本県出身のジャーナリスト・徳富蘇峰によって命名されたとされており、古くは「遠見ヶ鼻」と呼称されていた。
標高936mに位置する北外輪山の展望所。
駐車場から歩いて5分ほどの展望台からは、眼下に阿蘇谷、その向こうに阿蘇五岳が望める。
晩秋の早朝には雲海が見られることもある。
古閑の滝
阿蘇カルデラの東の外輪山の斜面にあります。
冬には北風に吹かれて滝が凍りついてしまうので有名です。
男滝(落差80m)、女滝(落差100m)の二つの滝に分かれており、厳冬期には
阿蘇谷から吹き付ける風で吹き上げられて霧の状態になり
それが急速に凍って氷が積もり、厚い氷がはりつめます。
凍りついた滝は白く美しく芸術品のようです。
ふもとから凍りついた様子がながめられ、阿蘇の冬の代表的風景となっております。
滝の水が解けて落ちる音は、遠くまで響き、春を告げる音と親しまれています。
また、1月末から2月末までの毎週土日には
夜間ライトアップが行われ幻想的な世界を楽しめます。


滝の表面は凍っていて、その姿を見るための道は
それはそれは急な坂です。
身を刺すようなツンと凍った空気というか
清浄な空気の中を上って下って という急勾配の坂道が続き
最後には、道まで凍った場所を通りながらたどり着きました。
ツンと凍った滝の姿は綺麗でしたし、感動的でした。
凍った滝は、いくつも竜の姿が重なり合っているように見えましたし
滝は凍っているとはいえ、凍っているのは表面の部分だけで
内側の水が流れる様子も見えるのですが
その流れが、まるで血脈のようにも感じられました。
凍っているのに内側には勢い良く流れる水の姿。
なんとも不思議な光景でした。
さすがは大阿蘇の冬の風物詩と言われる風景です。
阿蘇 米塚
米塚は、山頂がすり鉢状にくぼんだめずらしい様相の標高954mの山です。
全体が牧草に覆われる初夏もとても美しく、眼下に雲海が広がる晩秋も見ごたえがある。
放牧地のため立ち入りは禁止。
噴火火口や草千里などへの通り道にある可愛い山と言うイメージです。
中岳火口
阿蘇山群の中心にある中岳は、現在も火山活動を続ける活火山です。
現在は第1火口のみとなったが、
もくもくと噴煙を上げるその姿は、阿蘇が生きていることを実感させてくれます。
実際にその日の天候や風向きによって、火口付近の観光が制限されますので
その日に山頂まで行けるかどうかは運次第といえるでしょう。
阿蘇は世界有数の規模を誇る二重式火山で
中央にそびえる中岳は、今なお白い噴煙をあげています。
中岳には7つの噴火口があり、
今も噴煙をあげている中岳第一火口は直径600メートル、深さ130メートル。
現在の噴火口まではロープウェイ、車、徒歩で行くことができます。
自動車は普通車で往復560円、ロープウェイは往復820円(片道 410円)、
徒歩は無料となっています。
徒歩で約25分ほどで下まで着きます。
火口周辺には昔のトーチカを思わせる退避壕が立ち並んでいます。
これは突然に噴火した場合は、急いで避難する場所です。
最近は有毒ガスが出ているらしく、監視する警備員が常駐しており
風向により見学者の方向に噴煙が行くと退避命令が出されます。
この火口の底には水が溜まりマリンブルーのきれいな色をしています。
阿蘇 草千里
烏帽子岳直下に広がる直径1平方キロメートルの広大で美しい草原です。
雨水が溜まってできた大きな池の周辺には、牛や馬が放牧されていて
立ち入りは自由で、散策や乗馬が楽しめます。
乗馬や散策で多くの人がのんびりと楽しい時間を過ごしています。
スタッフが手綱を引いてくれる引き馬乗馬は3つのコースがあり、
子供同士でも親子でも一緒に乗馬することができます。
約5分1,800円、1人乗りは1300円。
営業時間は9時~16時(12月上旬~2月と雨天時はお休み)です。
夫婦滝 阿蘇郡南小国町
「日本で一ヶ所2つの川の滝が合流地で見られるのは夫婦滝だけです」
全国的にも有名になった「黒川温泉」近くをドライブしながら
通りかかったので立ち寄った土産物屋の立て看板の文句でした。

黒川・小田・田の原温泉近く、国道R442沿・滝入口にある
夫婦滝・のある場所の土産物屋には
小国郷の地酒・特産品・工芸品を数多く扱っていると共に
縁結びの写真撮影の場所や絵馬のようなものなどが揃っていて
若いカップルが多く立ち寄る場所のようでした。
夫婦滝は古くから縁結び、出逢いの滝と言われているそうです。(^^)
結婚30年の私たち夫婦もご利益がありそうだねと立ち寄ってきました。
杖立温泉 鯉のぼり祭り
杖立温泉で行われる「鯉のぼり祭り」
2008年4月1日~5月6日
熊本県小国町 杖立温泉
温泉街の中央を流れる杖立川で
およそ1ヶ月にわたり開催されるこいのぼりのお祭りです。
約3500匹の鯉のぼりが川上空をダイナミックに泳ぐ姿は壮観ですね。
大人も子どもも雄大な景色に大興奮してしまいます。
杖立温泉
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杖立温泉(つえたておんせん)は、熊本県阿蘇郡小国町(旧国肥後国)にある温泉。
歴史
開湯伝説によると、応神天皇の産湯として使われたとされることから約1800年の歴史があることになる。その際に使われた源泉が現在の共同浴場元湯の地から湧出していたと言われる。但し、現在の元湯は湯船の地での湧出ではなく、別の源泉からの引湯である。
杖立の地名は、その名は、一説には、杖の助けを借りてやってきた人が、湯治により健康を取り戻し、帰る時には杖なしで済むという弘法大師の由来(それだけ効能があるということ)から名づけられたものとされる。
以下の短歌が温泉名の由来となった。
湯に入りて 病なおれば すがりてし 杖立ておいて 帰る諸人
江戸時代は熊本藩の御前湯が置かれた。現在は共同浴場御前湯となっている。
明治時代以降は野口雨情などの文化人も訪れた。
戦後は『九州の奥座敷』と呼ばれ、歓楽街温泉としても栄えたが、近傍の黒川温泉などが脚光を浴びるのは対照的に衰退は否めなかったが、近年、その温泉情緒や歴史的由来等を生かしたまちづくり的活動が盛んになりつつある。
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